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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)8271号 判決 1984年4月16日

兵庫県姫路市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

大深忠延

千田正彦

大阪市<以下省略>

被告

株式会社日本貴金属

右代表者代表取締役

Y1

大阪市<以下省略>

(送達の場所は右株式会社日本貴金属内)

被告

Y1

右被告両名訴訟代理人弁護士

井門忠士

信岡登紫子

主文

被告らは原告に対し、各自金二二一万円及びこれに対する昭和五七年一二月六日から(被告Y1については同月一八日から)支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  原告は、姫路市に住む六〇才の家庭の主婦である。

二  被告株式会社日本貴金属(以下「被告会社」という。)は、昭和五四年二月一日金地金等の売買等を目的として設立された会社で、当初「大阪金為替市場」と称するブラックマーケットに加入し、金先物取引の欺瞞的仕方で顧客を誘引し、多数の被害者を発生させていたが、昭和五六年九月同市場での金先物取引が政府の商品取引所法二条二項に基づく政令指定措置により法律上禁止されたとしてその売買をとりやめ、同時期より新たに海外市場である香港金銀業貿易場(以下「本件貿易場」という。)での「香港純金塊取引」(以下「本件金塊取引」という。)と称してその受託業務を開始したものである。被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、同社の代表取締役である。

三  昭和五七年四月一三日被告会社の姫路支店のセールスマン訴外A(以下「A」という。)は原告宅を訪問し、同人に対し被告会社のなす本件金塊取引が後記の如きものであることを告知せず、「他の銀行で定期をしている代りに私のところで一ケ月だけ金の定期をしてくれ、絶対に損をさせない。」などと、あたかも右取引が定期預金と同等の如く虚偽の事実を申し向け、同人をしてその旨誤信させ、同日二ユニット(一ユニット約三・七四Kg)の手付金名下に金一万円を、翌四月一四日さらに残金として金二〇〇万円を原告に交付させ、これを騙取した。

四  取引の仕組自体の違法性

1 本件取引は、本件貿易場会員である宝発金号(チャン・メン・オン)の日本における総代理店と称する香港トレーディングユニオン(代表者B、以下「ユニオン」という。)という組織を置き、被告会社は同ユニオンの一代理店として顧客を勧誘し、その受託を受けるやユニオンを経由して宝発金号が同貿易で金の取引をなすということになっている。

しかし、被告会社と原告を含む顧客一般との取引は、本件貿易場での取引方法と成立価格の関係に照らして、顧客に対し現物の授受をなさず、同貿易場でなされる金地金(純度九九%)の午前、午後における始値と終値の金相場を利用して差金を授受させることを企図する賭博的行為であって、公序良俗に反するものである。

なお、原告は、昭和五七年四月一四日午後三時頃にAの来訪を受け、一時間後に買注文の同意をしたのに、本件貿易場の午後二時半、即ち、午後の始値で注文をしていることになっている(但し、一時間の時差がある。)。

2 公表資料によると、被告会社の営業方法の主な問題点として、「顧客の買注文に対して必ず同数の売注文を自己玉として建て、売り買い同数にして香港に注文し、仕切り拒否の結果、顧客と反対のポジションを持っている被告会社は必ず益金が生じる仕組みとなっている。」旨指摘されている。換言すれば顧客の損益と被告会社の損益とは対立の関係にあり、顧客に損失を負わせることが会社を利する仕組となっており、会社の運営上、顧客の被害の発生が必然的となっている。被告らが、原告に関するものであると説明するテレックスにおいても同様の注文を発する仕組をとっているのであって、原告の損失を発生させられたのである。これは被告会社が説明するような相場の戦いに敗けた損とは本質的に異なる。顧客を牛耳って、予定どおり損失を生みだす全量向い玉の仕組自体違法であると言わねばならない。

五  勧誘及び受託業務遂行上の違法性

1 詐欺的勧誘

被告会社の営業員は原告に取引を勧誘するにつき、本件金塊取引が前四項のものであることを告げなかったこと自体、取引の本質を隠すもので詐欺である。

また、本件金塊取引が、銀行の定期預金と同じように言い、承諾書に署名捺印後解約を申出た原告に対しても成約した二ユニット分の受渡代金二〇〇万円につき、「一応金を納めて貰わないと解約できない、金を納めたら即座に解約する」旨の虚偽の事実を申し向け、原告を欺罔して金銭を交付させた。

2 不当勧誘並びに不当業務遂行等

国内商品取引においては、法、取引所準則、指示事項等において、一般投資家の保護のための厳しいルールが確立している。海外先物取引においては、国内の先物取引と同よう先物取引が固有の危険性を有する外に、一般的に海外市場の仕組の理解が困難であること、業者の注文ないし受送金が誠実になされているかどうか顧客の方で確認し得ないこと、時差・為替等の要因が絡んでその取引のリスクはより一層大きいこと等、国内のルールは海外先物取引の領域において、適用されるべきことがより強く要請されているということができる。

3 本件金塊取引の実態に基づき、被告会社の勧誘並びに業務遂行上の不当性を指摘すると次のとおりである。

(一) 原告の勧誘が無差別電話勧誘に始まっていること

(二) 先物取引の知識・経験のない六〇才の家事等に従する主婦(取引不適格者)を顧客としていること

(三) 勧誘に際して、先物取引としての取引の仕組、相場変動によるリスクを明らかにしないばかりか、三〇〇万円が一口といったり、前述のとおり定期預金と同ようのものと説明し、絶対損はさせないといって勧誘していること

(四) 前述のとおり、二〇〇万円入金しないと解約できない、入金したら即座に応じる旨言いながら、その後はこれに応じず、一ケ月延引させて、入金額丸々の損金を発生させていること

(五) 原告の担当者が次々と変ること

(六) 両建を勝手に建て、後で追認文書をとり、代金の請求をし、入金がないといって解消していること

右は被告会社の勧誘上、業務遂行上の常態というべきものであるが、本件においても社会通念上許容される範囲を著しく逸脱した違法なものである。

六  被告Y1は、あえて承知のうえで前記のとおり違法な取引を従業員を用いて詐欺の手段によりなし、原告に損害を発生させたものであるから、被告会社とともに民法七〇九条、七一五条の責任がある。

七  損害

1 原告の被告会社に交付した金員二〇一万円を物損として請求する。

2 本訴を遂行するには弁護士に委任せざるを得ず、その費用として右損害の一割相当額である金二〇万円をもって、本件不法行為と相当因果関係ある損害として付加請求する。

八  よって原告は被告らに対し、右合計二二一万円とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五七年一一月六日(被告Y1は同月一八日)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する答弁)

一  請求の原因一は認める。

二  同二のうち、被告会社が昭和五四年二月一日に金地金等の売買等を目的として設立された会社で、香港金銀業貿易場での「香港純金塊取引」の受託業務をなしていること、被告Y1が被告会社の代表取締役であることは認め、その余は否認する。

大阪金為替市場での取引は予約取引であり、先物取引ではない。従って、法律上禁止されたわけではない。商品取引所法八条との関係で疑義があるとのことで、通産省より解散の指導を受け、その指導を受け入れたにすぎない。従って、昭和五六年九月以降も、昭和五七年二月迄は買玉に対する売玉建、売玉に対する買玉建の取引は認められていた。

三  同三のうち、被告会社社員が原告宅を訪問し、原告から金員の交付を受けたことは認め、その余は否認する。

被告会社従業員は、昭和五七年四月一四日、原告宅を訪問し、パンフレット等により、被告会社が行なっている取引を説明し、右説明によって本件金塊取引をしたい旨申し出た原告に、同日、香港純金塊取引顧客承諾書、香港純金塊取引システムについて、香港純金塊取引同意書に署名捺印してもらった。従って、原告が本件取引を定期預金と同等の如くに誤信することなど有り得ない。

四  同四の1のうち、原告が昭和五七年四月一四日買注文の同意をしたことは認め、その余は争う。

同2は全て争う。

原告は、被告会社をユニオンの代理店であると主張するが、ユニオンは宝発金号の代理店で、被告会社は宝発金号の特約店にすぎない。

本件金塊取引は、現物の授受を基本とし、顧客の選択によって、授受を翌日以降に繰り延べる可能性と、反対売買による差金決済の可能性とを認めている取引で、右取引方法は世界の金市場に周知せられている。買主が全代金を用意すればいつでも現物の授受をしているのであり、統計上も香港からの金輸入量の一〇〇パーセント近くは被告会社によるものである。また差金決済による取引も実定法上、同様の取引が是認されているのであるから公序良俗に反するとはいえない。

五  同五、1ないし3は争う。

原告は、昭和五七年四月一四日、二ユニット(一ユニットは一〇〇テール、三・七四二五キログラム)の買注文を被告会社に対して行ない、右注文を受けた被告会社は、電話でユニオンに本件貿易場の後場のオープニング価格での買注文を申し込み、右注文はテレックスで同貿易場の取引員である宝発金号に取り次がれ、右宝発金号によって、同貿易場での原告の取引は成立している。取引成立後、買付報告書を原告に送付済である。

同年五月一三日、原告は、被告会社に、同年四月一四日付の買取引を同量の売取引によって清算したい旨申し入れた。そこで被告会社は、右注文を買注文と同様の方法で宝発金号に取り次ぎ、売注文の取引を同貿易場前場で成立せしめ、被告会社との取引を結了した。取引を清算するに当たり、取引明細帳に確認の署名捺印を求めると共に、清算書を交付し、右清算の結果生じた原告が被告会社に対し支払うべき損金三一、七九三円については、原告が、債務免除の申し入れを行ない、被告会社は、これを承諾した。

右のとおりであって、更に原告の言い分について反論すると、

1 原告は、契約書を読んで理解できなかったと言いながら、不明の点についてセールスマンに質問することもせず、取引を重ねている。こうした原告の行動の外観からして、被告会社のセールスマンとしては、原告が書類の意味を理解していないなどとは思わない。従って、理解しているものとして、その後の行動をしているのである。故に、そうした誤解を与えた原告に表示上の責任があり、原告の表示を信じた被告会社セールスマン、ひいては被告会社には責任はない。

2 原告は、書面の内容がわからないままにサインをし、捺印したというが、原告は、それらの書面が被告会社との取引方法や金銭の授受に関することや、金銭の保管に関することを取り決めている書類であるとの認識を有した上で、サインをし、非常に重要なものだとわかっている実印で押捺している。従って、それらの書類を信じて、その後の行動を行い、取引を成立させた被告会社には責められるべきものはない。

3 取引単位については、パンフレットその他で明確に表示されている。原告は、りっぱな成人である。わからなかったと主張すれば契約が無効になったり、詐欺だということになるのでは、民法に定める行為能力者の規定を無視する結果になるであろう。

4 為替レートによって香港ドルを日本円に換算すればいくらになるかは、こうした取引をする者がまず最初に質問する事項である。原告もそのことを聞いているはずである。でなければ、取引を開始するはずがない、というのが健全な社会常識からくる判断である。原告の供述はあまりにも非常識なもので、到底信じ難い。

5 原告は、Cの説明に納得して、取引を継続している。Cの説明する内容は虚偽を含んではいない。従って、Cの説明に立脚して、取引結了確認書にサインをした原告が、本件の如き訴訟を提起することこそ、あまりにも相手方の立場を無視した行動であろう。

6 原告は、自己の判断でした行動が、自己の主張に都合の悪いものについては、「何もわからなかった。」とか「わからなかったが聞かなかった。」と弁解し、自己の主張に添う事実は、絶対の真実のごとくに、その存在を力説しているが、原告の主張はあまりにも一方的に自分の供述のみが正しいとするもので、そうした主張こそ、原告の供述が真実を隠蔽していることを明らかにしているものである。

結局、原告本人は重要な取引条件を認識し、本件金塊取引の仕組を十分理解して取引したのであり、被告会社が二〇〇万円を詐欺したとは到底いえない。原告は自らの利殖欲によって投機に手を出し、自らの判断で行うべき取引を安易に他人に委ねた為に相場の戦いに負けたにすぎず、その責任は最後の決定権を有していた原告にある。

六  同六は否認する。

七  同七は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録のとおり引用する。

第四理由

一  当事者

原告が姫路市に住む六〇才の家庭の主婦であること、被告会社が昭和五四年二月一日に金地金等の売買等を目的として設立された会社で、本件金塊取引の受託業務をなしていること、被告Y1は被告会社の代表取締役であることは当事者間に争いがない。

二  本件金塊取引の仕組

成立に争いのない甲第一ないし第八号証(但し、第一号証は原本の存在も争いがない。)、第一二ないし第一六号証、第一九、第二〇号証、第二二号証、乙第二ないし第七号証、第九ないし第一二号証、第一四ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし三、第二一号証、第二五ないし第二七号証、第三〇、第三一号証、証人Cの証言(後記採用しない部分を除く。)とこれにより真正に成立したと認められる甲第一一号証、乙第一号証、第二二ないし第二四号証、第二八号証の一ないし一一、第二九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第九号証、第一八号証を総合すると次の事実が認められ、証人Cの証言中、この認定に反する部分は採用しない。

1  本件金塊取引は、金地金が商品取引の政令指定商品に指定された昭和五六年九月から、被告会社が本件貿易場の取引会員である宝発金号との間で特約店契約を締結して開始したもので、被告会社が顧客から金地金についての取引の委託を受け、宝発金号の日本における代理業務を担当しているユニオンを通じ、国外市場であって全て中国人会員により構成される本件貿易場において金取引を行うことを内容としている。

2  本件貿易場の取引時間は平日の前場が午前九時三〇分(日本時間午前一〇時三〇分、以下一時間の時差がある。)から午後〇時三〇分、後場が午後二時三〇分から午後四時三〇分である(但し、土曜日は前場のみで午後〇時までである。)。取引の単位は一〇〇テール(三・七四二五キログラム)を一ユニットとし、取引値段は一テール当たりの香港ドルで決められ、取引される金は純度九九・〇〇パーセントの金塊である。取引方法は相対個別売買を成立させる、いわゆるザラバ方式であり、取引価格については、前場、後場の各オープニング、クロージングの四つの価格及びその日の最高値、最安値が公表されている。

3  本件貿易場における取引の形態は代金の支払と金地金の引渡が即日なされる現物取引と、代金の支払と金地金の引渡が売主、買主の希望によって翌日以降に持ち越すことのできるオーバーナイト取引に分けられるが取引量の殆んどは同取引によるものである。

オーバーナイト取引では、会員は顧客から金地金価格の一定割合の証拠金を受け取って一定の手数料のほかに本件貿易場に金地金保管料、プレミアム(毎日の需要関係をみて貿易場において決められる。)を支払うが、顧客はその欲する期間だけ現物の引渡、引取を延期できることになっており、将来のある時期には必ず決済されなければならないものの、途中で転売買戻による差金決済もできることになっている。

4  被告会社の行う取引も殆んどが右オーバーナイト取引であり、顧客から香港純金塊取引顧客承諾書、香港純金塊取引同意書、注文書に署名捺印を受けて取引価格は成行として注文を受けると、前記ユニオンに対して直ちに電話で注文を入れ、ユニオンは宝発金号に対しテレックスで注文を通し、宝発金号は本件貿易場で、注文にかかる取引を成立させる。

成立した取引内容は、更に宝発金号からユニオン、被告会社へと順次通知され、被告会社はユニオンからの報告書に基づき顧客に対して売付又は買付報告書を作成して郵送することになっている。

なお、被告会社は、顧客からの注文については金地金一ユニット(一〇〇テール)当たり一〇〇万円の最低受渡代金の支払を受ける旨及び同じく一ユニット当たり手数料一〇万円(但し、新規と手仕舞の合計額として)を顧客から受け取る旨を自ら定め、前記オーバーナイト取引決済の場合に、その後の価格の変動によって受渡代金の不足が生じた場合、減額した分を翌日に補填させる、いわゆる追加保証金類似の制度をおいている。

三  原告・被告会社間の取引の経過

前掲各証拠に成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし三、乙第八号証、第一三号証と原告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められ、証人Cの証言中、この認定に反する部分は採用しない。

1  原告は昭和五七年四月一四日午後三時頃、被告会社姫路支店のAの訪問を受けて一時間半にわたって金取引の勧誘を受けた。

原告は農業協同組合に二〇〇万円の定期預金をしており、求められるままその旨をAに明らかにしていたが、同人は金塊を見せて「金の定期をしてくれ。銀行より損なことはない。利息としては毎月金が増えていく。いつでも欲しいときに金を渡す。」「信用して任せてもらえば絶対損をさせない。」などと述べて勧誘した。

2  商品取引の知識などのない原告は二〇〇万円相当の金塊を買って預けておくものとの理解、認識の程度のまま、示された香港純金塊取引顧客承諾書(乙第二号証)、香港純金塊取引同意書(乙第四号証)、「香港純金塊取引システムについて」の題する書面(乙第三号証)、更にAにおいて売買区別欄の買の部分を丸囲みし、数量欄に2ユニット、価格欄に二四八七香港ドル、備考欄に1/2(価格は成行であるが、本件貿易場の後場のオープニング価格である前記価格による旨を意味する。)と各記入した注文書(乙第五号証)に署名捺印し、とりあえず一万円をAに渡した(原告が買注文をしたことは当事者間に争いがない。)。

右各書面を総合して仔細に検討すれば、本件金塊取引が単なる金地金の売買とその保管ではなく、投機そのものであり、原告が注文したこととなる一ユニットは二〇〇テール(七・四八五キログラム)で、一テール当たり二四八七香港ドルを乗すれば四九万七四〇〇香港ドルとなって、一香港ドルを四〇円内外として換算すると原告は約二〇〇〇万円の金地金の売買のために一部二〇〇万円の受渡代金を納入したにすぎないことが判明するが、Aから右二〇〇〇万円相当金地金の売買である旨の説明はなく、先物取引や為替ルート等の知識はなく、前記定期預金二〇〇万円を念頭においている原告においては考えも及ばないところであった。

3  原告は同日夜、帰宅した夫D(以下「D」という。)に前記書類を見せたところ、新聞記事によって被告会社の商法の評判の芳しくないことを知っていた同人から厳しく注意された。

原告夫婦は相談のうえ、取引仕組の判然としないまま被告会社との間の金取引契約の解約をなすこととして、翌一五日夫婦ともども被告会社姫路支店を訪ずれて、A及び同人の上司である同支店営業部のE(以下「E」という。)に対して解約を申し入れたところ、同人は「やめるにしても一応金を納めて欲しい。納めてもらったら明くる日に即座に解約する。」旨確約した。

原告らは、前記のとおり原告が書類に署名押印した弱味もあって、それ以上強硬に解約を主張することができず、Eの言を信じて二〇〇万円を納めたうえ、翌日解約の手続をとってもらうこととし、そのまま農業協同組合に赴いて二〇〇万円の融資を受けて被告会社に納入した(被告会社が原告から合計二〇一万円を受領したことは当事者間に争いがない。)。

4  翌一六日原告は同支店からの連絡を待っていたが、何の通知もなかったので同月一七日同支店に電話したところ、E、Aは不在とのことであった。

同月一八日頃、Cが原告方を訪ずれ、被告会社管理本部サービス課副長で、原告との取引の担当になった旨自己紹介した。原告が直ちに解約してくれなければ困ると苦情を述べたのに対し、Cは解約に応ずる態度を示さず、「今やめたら損だ。一か月だけおいてくれたら幾分か付いて返ってくるから。」と述べて執拗に契約の継続を求めたので、原告は粘り負けしてしまい、ともかく一か月待てば元金が返却されるものと信じて待つことにした。

なお、被告会社は原告に対して同月一五日頃前記注文書等の写を手渡し、またその後に同月一四日午後の第一節において二ユニットの金地金を一テール当たり二四八七香港ドル、総代金一九八万九六〇〇香港ドルで買付けた旨の買付報告書を送付した。

5  その後、金価格は下がり気味であったので同月二〇日にCは原告方を訪ずれ、二ユニットを一テール当たり二三七七香港ドルで売付ける旨の注文書を徴し、その旨の売付報告書、顧客明細帳を作成し、いずれも原告の署名捺印を得て売建を作り、いわゆる両建により値下がりによる損害を回避しようとしたが、もとより取引の仕組みを理解しない原告が右売建の受渡代金二〇〇万円を納めようとはしなかったので、Cは右売建を被告会社の自己玉扱いとして処理した。

6  同年五月一三日、原告は、清算するには売注文書が要るとのCの求めによるまま売注文書(乙第九号証)の売買欄の売に丸囲みをし、数量2(ユニット)と書き入れ、署名捺印した。この売注文によって原告が購入していたとされる金地金は同日の前場第一節(オープニング価格による)に一テール当たり二二八四香港ドルで売りが成立したとされ、清算すると二〇四万一七九三円の差損があることになった。

7  翌一四日午前、Cは原告方を訪ずれ、清算差損が三万一七九三円である旨説明してその支払を求めたので、立腹した原告はDと長男の嫁F(以下「F」という。)の同席を求めた。原告は得心のいくところではなかったが、理解できないまま数通の書面に署名捺印したこともあって半ば諦め、取引が全て精算完了した旨の取引結了確認書(乙第一〇号証)に署名捺印し、Fをして顧客売買明細帳(乙第一一号証)、精算結了の結果の右三万一七九三円の支払免除を願い、異議の申立をしない旨の念書(乙第一三号証)に署名捺印を代行させた。

四  被告らの不法行為責任

右一ないし三を総合すると、本件金塊取引の実態は先物取引に他ならないといえるところ、被告会社従業員らは右先物取引や為替レートに関して全く知識を持たない原告に対して取引代金総額については計算すれば判るとしてこれを明示しないまま、本件金塊取引が定期預金二〇〇万円に代る金地金の現物取引であるかの如く巧妙に誤信させて、注文書等に署名捺印させ、原告らが解約を申し出ているのに、入金すれば解約する旨偽って入金させたのであって、その後は担当者が交替したとしてCが応対し、頻繁に各書面に原告の署名捺印を要求したのも、原告の言い分を無視し、遮断し、後日に備えるための意図的なものと断ぜざるを得ない。

右のとおりであって被告会社の原告に対する取引行為は社会的にも到底許容されない違法なものということができ、被告Y1は被告会社の代表取締役として、本件金塊取引の実態を知悉しながら各取引行為をなさせているといえるから、従業員らの業務執行について使用者責任を有する被告会社と共に共同不法行為者としての責任を免れないというべきである。

五  原告の損害

1  前記のとおり、原告は被告会社に対して合計二〇一万円を支払ったものであるから、これと同額を損害と認める。

2  本件事案の内容、認容額等諸般の事情を勘酌すると弁護士費用として二〇万円につき被告らの不法行為と相当因果関係のある損害と認める。

3  右合計は二二一万円となるから、被告らは右金員とこれに対する不法行為後であることが明らかな昭和五七年一一月六日(被告Y1については同月一八日)から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六  結論

よって、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

<以下省略>

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